ひとりごと 0
フレンチパラドックスと薬食同源
奈良女子大学 学園だより vol.75 (2004年12月)より
「フランス人は喫煙率が高く、バターや肉など動物性脂肪をたくさん摂取するのに、心臓病などの心疾患による死亡率が低い」ことが知られていて、このことは一般に「French Paradox」と呼ばれています。その理由のひとつはフランス人が赤ワインをよく飲むこと、そして赤ワインに含まれる抗菌性ポリフェノールの抗酸化作用に起因していると考えられています。我々は最近、この物質の新しい作用機構として、核内受容体PPARに特異的に結合する分子(リガンド)として働くことを分子生物学的な手法で明らかにしました。 PPARはビタミンAやDの受容体と同じファミリーに属するリガンド依存性核内受容体です。たとえば活性型ビタミンDはビタミンD受容体にリガンドとして結合し、その受容体が様々な遺伝子の発現を調節することでビタミンDの作用を発揮します。一方、PPARはその遺伝子構造から核内受容体であることはわかっていたのですが、そのリガンドは不明で孤児受容体と呼ばれていました。ところが最近になって生活習慣病に対する薬剤がこのPPARのリガンドとして働くことが見いだされました。具体的にいうとPPARにはα、γ、δの3種類のタイプがありますが、高脂血症治療薬はαのリガンドとして、インスリン抵抗性糖尿病の治療薬はγのリガンドとして働くことがわかってきました。このようにPPARに対するリガンド探しは生活習慣病に対する薬剤の開発につながるため、現在、世界的な注目を集めています。そのような状況の中で我々は赤ワインに含まれるポリフェノールがPPARのリガンドとして働くことを見いだしました。この分子はピーナッツや日本の生薬「虎杖根(イタドリの根茎を乾燥させたもの)」にも含まれており、我々の発見は「医食同源」にもつながると考えています。しかし科学的な分子作用機構については不明な部分が多いため、私は奈良女子大学でこの研究をさらに深めたいと思っています。その展望について以下に記します。 カロリー制限が寿命を延ばすことは以前より実験的にわかっており、カロリー制限を模倣する薬剤は「長寿の薬」として働くことが期待されています。そのような中で、我々がPPARリガンドとして見いだした赤ワインに含まれるポリフェノールがカロリー制限模倣物質として最近報告されました。一方で脂肪酸誘導体であるオレイルエタノールアミドがPPARを活性化することで「やせ薬」として働くことも報告されました。それでこれらの報告と我々の見いだした知見がどのような関係にあるか大きな興味を持っています。さらに食品中には様々なポリフェノール類が含まれていますが、それらがPPARのリガンドになるかどうかにも興味を持っています。 最後にひとこと、私は本年よりこちらに赴任しました。奈良女子大は緑も多く、私の好きな昆虫(ギンヤンマなど)がいるのでうれしいのですが、教育と研究という大学としての生活環境を良くしていく必要を感じます。最近京都大学の時計台にあるフレンチレストランに行きました。きれいで値段もリーズナブルでおいしく、私の学生時代では考えられなかったことですが、うらやましく思いました。
French Paradoxと薬食同源
井上 裕康
生活環境学部 教授
生活環境学科 食物科学講座